この記事は東野圭吾さんの小説、『白鳥とコウモリ』の読書記録です。
「作家35周年記念作品」「新たなる最高傑作」なんて煽りは、単行本の分厚さや、文庫では上下に分かれているのを見ると、読む前のハードルは逆に上がりませんか?面白そうだけど、読むのが大変そう、みたいな。
そのせいもあってか、なかなか読まなかった作品なのですが、実際に読んでみると流石は東野圭吾、外しません。めちゃくちゃ読みやすいし、読後の満足感も高い。
不満がなかったわけではないけれど、人生のプラスになったと感じられた点もあり、読んでよかったと思える良作でした。
読み始めるまで
まずは読み始めるまでの経緯を少々。
この本が出版された時は、少し驚きました。見るからに分厚い。確認すると500ページを超えていました。思い出したのは「白夜行」。あれもまた分厚い。「白鳥とコウモリ」というタイトルからも、「白夜行」の二人の主人公を想起しました。
そのせいでかえって読むのを躊躇ってしまいました。わたしは「白夜行」が東野圭吾さんの、最高傑作だと思っています。そうなると「新たなる最高傑作」という煽りが気に障った。「白夜行」好きが拗れて、変な反感を抱いてしまったんだと思う。
「作家35周年記念作品!」って煽りに対して、30周年や40周年ならともかく、35周年ってなんやねん、って気持ちもあった。
購入したのは文庫化されてからです。シリーズ作として出版された「架空犯」の書影に惹かれた、というのが大きい。書店の平台でのたたずまいが無性に気に入ってしまいました。これは読みたいって気持ちが湧いてきて、まずは「白鳥とコウモリ」を読まなければって感じで購入に至りました。
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複数視点から得られる学び
物語の骨格はシンプルです。
2017年東京で善良な弁護士・白石健介が殺害され、容疑者として浮上した倉木達郎が、この事件と1984年に愛知で発生した金融業者殺害の両方を自供する。しかし容疑者の息子である和真と被害者の娘である美令は、自供内容にあるそれぞれの父の言動に違和感を抱き、真実を追い求める、というもの。
読み始めてすぐ、「白夜行」と比較するような作品ではないなと判った。作品の優劣の問題ではなく、雰囲気が違う。「白夜行」や「殺人の門」のような暗さはなく、 加賀恭一郎シリーズのような、人情に重みを置いたような印象。少し、肩透かしを食らったような気分にもなった。
しかしそれもつかの間、気づけば引き込まれていました。重厚さが抑えられている分、とにかく読みやすい。やはり東野作品は読み始めてから読者をのめり込ませるまでのスピード感が凄い。盛り上がってくると面白けど序盤はだるい、って作品が結構多いので、これは凄いことだと毎度感動させられる。
中盤までは、とにかくそれぞれの立場の違いに対する描写が楽しかった。
被害者家族、加害者家族、刑事、弁護士、マスコミ、一般大衆。事件に対する反応が全然違う。これが本当にリアルなのかと問われればわからないけれど、立場によって事件の見え方や捉え方が違うということを実感するには十分でした。
弁護士は裁判での実利を優先する。被害者側の弁護士(被害者参加制度の代理人)も、容疑者側の弁護士も、裁判の結果の刑の重さを重視する。彼らは仕事に対して不真面目ではないし不誠実でもない。ただ、真実に対して不誠実なだけだ。真実が知りたい、という被害者家族や加害者家族の心情には寄り添わないので、互いにいら立ちを募らせる。真実を切望する家族に対し、そんなの調べても裁判には関係ないでしょ、と言いくるめる。
メディアは都合の良い切り取りで、自分たちにとって都合の良い記事を書く。彼らにとって事件は、読者の気を引く刺激的な記事を書く材料に過ぎない。読者の気を引くための刺激的な主張がメインで、真実なんて関係ない。それを悪びれもせず、責任も取らない。
一般大衆の反応も興味深い。
犯人の家族と言えば、いたずら電話がなり続け、窓ガラスは石で割られ、玄関ドアには張り紙がされるというのが定番ですが、この作品はちょっと違う。SNSで晒される。住所や会社、学生時代の写真。大衆の暴走は本当に怖い。
SNSの暴走は被害者にも向いていて、殺されて当たり前だというような書き込みまで出てくる始末。作中での報道内容は読者が知る情報よりかなり薄いものですが、それでも被害者を批判しなければならないような要素はかなり薄い。無茶苦茶に思えるけど、確かに現代のネット世論ってそんな感じかもね、と思える。
このあたりの描写から、SNS時代における、情報の精査と発信の責任について考えさせられた。
リアルな事件をニュースで見た場合、自分はどういう感想を抱いているだろうかを考える。被害者家族はともかく、加害者家族に対して同情的な感情はほぼないだろうと思う。犯人やその家族がどういった人かなんて知らないし、どういった事情があったかも知るはずがないので、それは当然だろうと思います。
小説では登場人物の内面や背景が描かれるから、感情移入できるし、同情もできる。それを現実の事件にも置き換えて、語られない膨大な背景が隠れているのだろうと推察できる自分になれかもしれない。
こういうことを考えられるのが読書の良いところだと思う。
小説で語られる事件や人物がリアルかどうかはあまり関係がない。ニュースで触れられる情報はごく一部で、人や事件にはとうてい知りえない膨大な裏側が存在している。それを理解するだけで十分だと思っています。
物事を正しく理解できるようになっているわけでもないのだけれど、わずかな情報から勝手に想像して批判することが間違っているんだって気づくだけでも、自分がより良い人間になれたような気がして嬉しくなる。
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中盤以降とネタバレ感想
さて、物語に立ち返る。中盤以降、被害者家族と容疑者家族が犯人の供述内容に違和感を持ち、真相を追い求めるというストーリーになる。ミステリーだし、どうせ隠された真相があるんでしょ、というようなことを考えながら最初から読んでいたので、予想通りの展開。
自供したとはいえ、真犯人は別にいるかもしれない、真犯人はいなくても、動機は全く違っているかもしれない、などと考える。当然、そうでしょう?
ずっとそういう視点で読んでいれば、終盤の展開に驚きは少ないでしょう。物語を通して感情移入してきた加害者家族、被害者家族の心情を思えば揺さぶられはするが、インパクトは薄い。そして違和感もあった。
容疑者がかばう人物としては、真っ先に思い浮かぶのはその家族でしょう。妻は死別していて、子は和真だけです。そして和真は主人公の一人です。和真の主観で語られる場面も多く、さすがに真犯人に仕立てるのは無理がある。東野圭吾さんがそんな大掛かりな叙述トリックを仕掛けてきたら、と考えるのは興味深いけど・・・。
親が殺人を犯す(それも2人も)ことが、その子どもの人生に与える悪影響は、かなり大きく思える。容疑者達郎はそれをよく知っている。だとすると、あんな道を選ぶだろうか、との違和感。
自分が親になり、まだ子どもも小さく、子を守るための親の視点になってしまっているので、そう感じるのかもしれないけれど・・・どうなんだろう。
そういった違和感を差し置いても、正直言って、真相には物足りなさを感じた。読んでる間は十分楽しめたし、心にも残るし、学びも得られた。人間ドラマとしてはとてもよかったと感じているけれど、ミステリーとしては十分に楽しめなかったという印象。
総じて、いい作品だけど東野作品の最高傑作を塗り替えたというほどではない。現代的で読みやすく、学びもあるので読む価値は高いと思います。
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こんな人におすすめ
とても読みやすく、テーマも普遍的で万人受けする作品だと思います。そのうえで、あえてこんな人におすすめ、というものを考えてみました。
まずは、普段からネットでニュースに触れることの多い方でしょう。
被害者家族と加害者家族という、普段深く考える機会の少ないテーマについて、物語を通じて考察を深められます。ニュースで事件報道を見るとき、報道されない家族の姿を想像してみる……そうした視点の変化をもたらしてくれます。世論の反応についても見え方が変わるでしょう。
次に、人間ドラマを重視する読者です。本作は謎解きよりも、登場人物たちの葛藤や成長に重きを置いています。複雑な状況に置かれた人が、自分なりの答えを見出していく過程が、何人分も丁寧に描かれているので、人間ウォッチとしての魅力はたっぷりあります。
一方で、意外性やロジック重視のミステリーを期待する方には、やや物足りないかもしれません。
しかし、あなたが人生に新しい視点を求めているなら、この本が良い選択肢になるかもしれません。
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まとめ
被害者家族と加害者家族という、社会の中で対極に位置する二者を同時に描くことで、罪と罰、正義と贖罪という普遍的なテーマに迫っています。
個人的には、この本を読んだことで、日常の中で目にするニュースや社会問題について、より多角的に考えるきっかけになりました。簡単に誰かを批判したり、断罪したりすることの危うさを、あらためて認識した感じです。
読書とは、自分とは知らない世界を疑似体験することだと思います。
『白鳥とコウモリ』では、私たちが普段知りえない「加害者家族」「被害者家族」という存在に光を当てて、当事者意識を得ることができます。視点の多さには掘り下げが浅くなるという欠点があるけれど、多面的な視点がそれを補って余りある気づきを与えてくれる。
事件や不祥事に関する情報をシェアする前に、一呼吸置く。この情報は正確なのか、これをシェアすることで誰かを傷つけないか、自分は十分な情報を持っているのか・・・そうした習慣が重要なのだろうと思う。
さあ、『架空犯』を買ってこよう。
かつき最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
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