このページは、私がAudibleで聴いた、永井紗耶子先生の、『木挽町のあだ討ち』という小説についての読書記録です。
『木挽町のあだ討ち』は、江戸時代を舞台にした人情と謎に富んだ物語です。
劇的な「あだ討ち」の裏に隠された真実と、それに関わった芝居小屋の人々の人生を深く描いた読み応えのある作品です。
武家の子である菊之助が、父のあだ討ちを成し遂げる。
その2年後、菊之助の縁者を名乗る人物が、あだ討ちの舞台となった芝居小屋を訪ねて、あだ討ちや関わった人の生い立ちについて話を聞いてまわる。
直木賞と山本賞を受賞した作品で、このミステリーがすごいなどでも上位に入っています。
あらすじ
雪がしんしんと降る江戸の夜。
木挽町にある芝居小屋の近くで、美しい若衆・菊之助が父親の仇である下男を討ち取る。人々はこの見事な仇討ちを称え、菊之助の名は広く広まる。
それから2年後。
菊之助の縁者だと名乗る侍が木挽町を訪れる。
あだ討ちについて調べるは、菊之助と縁のあった芝居小屋の関係者たちに話を聞いてまわる。
それぞれが語る言葉から、彼ら自身の過去と菊之助との関わりを鮮やかに浮かび上がらせ、あだ討ちの真の姿が浮かび上がっていく……。
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作者と作品について
永井紗耶子さんは、1977年神奈川県生まれの小説家で、2010年、「絡繰り心中」で小学館文庫小説賞を受賞しデビューされました。
2020年には「商う狼 江戸商人 杉本茂十郎」で細谷正充賞、本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞を受賞するなど、時代小説作家として高い評価を得ています。
永井さんは、時代小説を通して、現代人にも通じる普遍的な人間ドラマを描くことに魅力を感じていると語っています。「木挽町のあだ討ち」も、江戸時代の芝居小屋を舞台に、登場人物たちの生き様や複雑な人間関係を丁寧に描き出した作品です。
この作品は、直木賞、山本賞を受賞しており、永井さんの新たな代表作となっています。
Audible版では豪華な声優陣がナレーターを務めています。
第一幕の「芝居茶屋の場」を関智一さん、第二幕を安元洋貴さん、第三幕を野島健児さん、第四幕を三石琴乃さん、第五幕を小西克幸さん、第六幕を小林千晃さんが務めています。
感想(ネタバレあり)
個人的には直木賞受賞作より山本賞受賞作を信じています。
(両方となれば文句のつけようもありませんが)
とはいえ、さすが直木賞受賞作と言いたくなる時代背景の濃密さと人物描写が魅力の作品と感じました。
一見軽やかな印象ですが、深い。
武士や役人、商売人が小説のネタになることはよくありますが、芝居小屋の、それも役者ではなく裏方の各担当者にスポットを当てての話というのは初めて読みました。
私は学者でも何でもないので、本当にリアルな江戸の姿は知りませんが、これこそリアルだと思わせる説得力があったので満足です。
知らなかった世界の空気感を伝えてくれる作品はそれだけで素晴らしいと思うのです。
とにかく人が濃い。
「あだ討ち」がベースにはあるのですが、各章で語られるのは「あだ討ち」についてはおまけで、それぞれの語り部の人生です。
生い立ちから紆余曲折を経て芝居小屋にたどり着く経緯が丁寧に情感たっぷりに描かれています。
彼らの人間性に触れ、共感したからこそ、結末が引き立ったのだろうと思う。
読後感は良い。
気になったのは、他の5人の語り部に比べると、肝心の菊之助が軽く感じられる点。
やはり、苦労を重ねて芝居小屋にたどり着いた人たちと比べると、おぼっちゃんに見えてしまいますね。
彼の境遇や葛藤は決して軽いものではないのですが、年若く、迷い立ち止まり、色んな人の言葉に流される姿は頼りなく映りました。
結末や菊之助の行動は納得のいくものでしたが、6人の語り部の中で一番心に響かなかったという点は残念です。
けして悪くはないのですが、他が良すぎただけに物足りなさを感じてしまいました。
「あだ討ち」が成ったところから始まり、そのあだ討ちを振り返るという倒叙的な構成はユニークですね。
Audible版ではナレーターが豪華な声優陣なのですが、特に第一幕を演じられた関智一さんの木戸芸者の演技が素晴らしく、一気に物語に入り込ませてくれました。
個人的には第四幕の三石琴乃さんの語りにも涙ぐまされました。
四幕の物語が子どもの死を扱ったものでもあったので、子を持つ親として、その心情が深く刺さりました。
個人的に、長編でナレーターが多くいる作品はあまり好きではないのですが、これはかなりの成功例だと思います。
今が辛くても、強く生きようという気持ちをくれる素敵な作品でした。
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お勧め関連作品
商う狼/永井紗耶子
「木挽町のあだ討ち」と同じ永井紗耶子さんの作品です。
江戸時代の低い商人の地位に逆らい、既存の秩序に挑み続け「毛充狼」と恐れられた杉本茂十郎の実話を描く時代小説。新田次郎賞受賞。
本所深川ふしぎ草紙/宮部みゆき
近江屋藤兵衛殺しの下手人として噂されるお美津に、ほのかな思いを抱き続けた職人がことの真相を探る「片葉の芦」。恋愛成就の願掛けに丑三つ参りを命ぜられた奉公人の娘おりんの出会った怪異の顛末「送り提灯」など深川七不思議を題材に下町人情の世界を描く7編。
この作品の中の1編「置いてけ堀」はAudibleで聴くことが出来ます。
仇討ち/池波正太郎
囲碁の口論から父を殺され、三十年間仇討ちを追い求め江戸暮らしをしていた男を描いた「うんぷてんぷ」など、江戸時代の仇討ちをテーマにした八編を収録し、仇討ち制度の非人間性とそれに翻弄される人々の運命を描く作品集。
作品の魅力が少しでも伝わったなら幸いです。
一度読まれた方も、ぜひAudibleを利用して、また違った感覚でこの作品を楽しんでみてください。
最後まで読んでいただきましてありがとうございました。