『繭の季節が始まる』読書記録～ウイルスと共にある未来

このページは、福田和代先生が書かれた、『繭の季節が始まる』という小説についての読書記録です。個人的な感想を、ネタバレありで書いていますのでご注意ください。

コロナ禍を想起させる作品。
近未来の日本。『繭』という感染症対策の隔離システムが浸透している社会で、ほとんどの人が自宅に閉じこもる中で起きる事件に、警察官のアキオと相棒のロボット猫咲良が立ち向かう、連作短編の推理小説です。

特殊な状況下でのミステリーと、近未来の社会の在り方についてが見どころの作品です。

感想の段落にはネタバレも含んでいます。
結末は避けていますが、かなり踏み込んだ内容もありますので、未読の方はご注意ください。

あらすじ

近未来の日本。
強力な新型ウイルスが蔓延し、政府は国民に完全な外出禁止を強制する「繭」システムを導入しました。
警察官の水瀬アキオは、「繭」期間中もAI搭載の猫型ロボット「咲良」を相棒に、パトロールや事件捜査を続けます。

「繭」によって人々の接触は制限されますが、事件は後を絶ちません。
犬の飼い主の死亡事件、完全自動化された工場への侵入者、先輩警察官が失踪と、不可解な事件が次々と発生します。
アキオは咲良と共に、これらの事件の真相解明に奔走します。

作者と作品について

『繭の季節が始まる』はコロナ禍の経験からインスピレーションを得て書かれた作品です。
SF的な設定でありながら、現代社会を反映しており、もしも自分が同じ状況になったら…と考えさせられる、リアリティあふれるミステリー小説です。

作者は福田和代さんです。
『ウィズゼロ』で2007年にデビュー。代表作には東京の電力網を狙ったテロを扱った『TOKYO BLACKOUT』などがあります。
スケールの大きい社会派エンターテイメント作品が魅力の作家さんです。

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感想（ネタバレあり）

ロボット猫の『咲良』が可愛い。
それが肝の作品だと思う。

作品の空気感はとても軽い。
緩いとも感じる。

日本ではコロナ禍において緊急事態宣言は出されたけど、外出禁止はなかった。
不要不急の外出は控えてねって程度で、仕事や買い物はしていた。
飲食店や遊ぶ場所の多くが閉まっていたので外出は減りましたが、禁止ではなかった。

一方、この作品の『繭』においては外出は禁止で、無許可の外出は処罰対象です。
一般人が外出できるのは、許可を取った犬の散歩くらい。
かなり重い状況。

その雰囲気を軽く見せているのが、『繭』という優しく守ってくれるイメージの言葉と、『咲良』の存在に思える。

咲良は繭に入れない警察官の相棒として、それぞれの性格に合わせてキャラクターが作られる。
主人公アキオの相棒である咲良は、生意気な少年のようでもありながら、仕事の上では優秀なパートナーでありとても頼もしい存在。
アキオの恋愛についても口を出す世話焼きな一面もある。

4週間に及ぶ繭の期間中、誰にも会わず孤独に職務をこなすという状況を、咲良との軽妙な会話によって楽しい時間に思えてしまう。

事件は緩くない。
自宅で感染症で亡くなる人もいるし、『反繭』を掲げて街を荒らす奴らもいる。
繭の期間が人々に与えるストレスを描き、不安や負担、それらに起因する家庭内のいざこざがリアルに描かれている。
機械化やAI化が社会に与える影響についても言及されている。
未来は、さほど明るくないように感じられる。

それらを打ち消しているのが『咲良』という存在に思えた。
可愛い。
キャラクターもいいし、猫型というのがまたいい。
アキオの咲良に対する認識の推移にも説得力があり、感情移入できる。
色々あるけど、未来も悪くないね、と思える。

『繭』という状況を、起こりえる未来とは思えませんでしたが、感染症との闘い、AIと共存する未来について考えさせられる作品として、読みごたえがありました。

時間をおいて、読み返してみたい。
コロナの記憶は薄れているだろうし、社会の変化によっても、きっと印象が変わると思う。
熟成して、どんな味になっているか楽しみです。

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作品の魅力が少しでも伝わったなら幸いです。

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